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2024.02.02

#notopeninsula 被災地の現実と復興への願い | Focus #37

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能登半島地震という突然の災害に見舞われ、令和6年の新春の喜びが一転して不安と混乱の日々へと変わりました。その影響は、能登を中心に石川県、富山県、新潟県といった広範囲に及び、多くの人々がその苦難を強いられています。今なお、家庭では断水が続いており、日常生活に必要不可欠なライフラインの復旧には時間が要されています。

このような状況の中、多くの被災者が避難生活を余儀なくされ、長期化する不便な生活に直面しています。住み慣れた地を離れ、未知の地で生活をすることは、心身ともに大きな負担となります。また、生業を失ったり、大きな打撃を受けたりした人々にとって、生活基盤を再建することは今後の大きな課題です。

共に歩み続ける

私たちcizucuチームは、遠方にいる者として、直接その現状を目の当たりにすることができないため、ただ心を寄せることしかできず、非常にやるせない気持ちです。しかし、このような困難な時だからこそ写真の力を信じ、被災の記憶を忘れずに、記録として届けていきます。

美しい能登の自然や文化を再び取り戻すことは、時間がかかるかもしれませんが、私たちは、被災地と心を一つにし、復興を支える一員として、その過程を共に歩んでいきたいと思います。

震災の記憶を色褪せさせず、人々が再び能登を訪れる契機を創出したいという願いを込めて、cizucuとしては復興の歩みを継続的に伝えます。今回のマガジンでは、能登の魅力を伝え続けているJang Kumiさんが撮影された能登の今とインタビュー内容を了承を得て紹介します。

さまざまな困難が立ちはだかる能登の現状

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Image by Jang Kumi

震災から1か月が経た今、何かお困りごとはございますでしょうか。

水が出ないことです。

幸いにも、私の住む能登町宇出津地区は電気・ガス・電波が早めに復旧しました。しかし水道は未だ断水中で、仮復旧は2月末〜3月末と言われています。日々給水を受け取りに行ったり雨水を貯めて生活排水にしたり、自衛隊の方々が開設してくれたお風呂に入りに行ったり(1時間半待ちは当たり前!)。お皿はジョウロに水を移して洗い、洗濯はコインランドリーを求め、片道3~4時間ほどかけて金沢方面へ出ています。金沢方面へ出るのも、のと里山海道崩落による通行止めや下道の混雑により、未だ平時の倍近く時間がかかります。

なんとか工夫して過ごしていますが、水道のありがたさを痛感する日々です。

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Image by Jang Kumi

また、震災から1ヶ月経つ今も尚、変わらない現状に焦りを覚えています。
TVニュースで取り上げられる機会も減り、外部からはすでに「過去の震災」と思われている気がしています。街中は未だ瓦礫や全壊住宅が残ったままだし、道路も仮復旧が進められていると言えどもガタガタのまま。未だ崩落したままの道路も数多くあります。

避難所や2次避難先から戻ることもできず、仮設住宅の整備を待つ人もたくさんいます。いつになったら「日常」を取り戻せるのだろうと、漠然とした不安を抱く日々です。

現地の生々しいお写真を拝見し、とても心がもどかしくなりました。 震災現場での写真撮影は、きっと多くの感情を呼び起こす体験だったと思います。その中で、特に印象深い瞬間や、この経験を通じて得た教訓があれば、お聞かせいただけますか?

1月10日に、震災後初めて輪島市に入りました。輪島市は私の生まれ故郷です。

あまりにも変わり果てた故郷。凄まじい衝撃を受けたこの日を未だに忘れられないし、一生忘れられないと思います。倒壊家屋だらけの街、いたるところで土砂崩れした山肌、飛び出たマンホール、地割や崩落だらけの道路、子どもの頃海水浴に出かけた砂浜は、地殻変動によって海底が隆起し、以前とはかけ離れた姿に…。言葉を失いました。特に大火に見舞われた輪島朝市には、怖気付いて近づくこともできませんでした。川を挟んだ道路から、車越しに眺めることしかできませんでした。大好きな店や知人の家があった場所。今はもう全部ないと思うと、涙が止まらなくなりました。

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Image by Jang Kumi

確かに輪島に行ったのに、輪島に行った感覚が全く残っていないんです。悪い夢の世界に迷い込んでしまったのではないか。それくらい私の故郷は、変わり果ててしまいました。

実はこの日を境に、少しずつカメラを持つのが怖くなっていきました。 大好きな能登が「被災地」となってしまったことを、私自身受け入れられていないのだと思います。写真を撮っていると、否が応でもそんな能登と対峙しなければならず、知らずのうちにストレスになっていたのかもしれません。なので今は、少しカメラをお休みしています。気持ちも少しずつ回復してきたので、近々再開したいとは思っています。写真に限らず、日々の生活や今関わっているプロジェクトに関しても、「しんどい時はいつも以上に無理をしない」をモットーに過ごす大切さを学びました。

「能登はやさしや、土までも」、これは能登の自然や人々の性質を表すことばです。このことばの通り、能登の人はとても温かく優しいです。住民同士の互助も強く、発災以降住民同士が助け合いながら過ごしています。被災してつらい気持ちと戦いながら。

Jang Kumi 様の撮影された写真をご覧になる方々に、何か伝えたい思いやメッセージがあれば、お聞かせください。

ご覧の通り、奥能登は酷い有様です。ボロボロです。でも、この光景を覚えていてほしいのです。いつか復興の時を迎えるその日まで。地震があったなんて、あんなにボロボロだったなんて嘘みたいだね、と言ってもらえるその日まで。それまで私たちは頑張ります。

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Image by Jang Kumi

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Image by Jang Kumi

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Image by Jang Kumi

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Image by Jang Kumi

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Image by Jang Kumi

#notopeninsula

この機会に、能登半島の現状を広く伝え、復興を支援するための一歩として、私たちはクリエイターの皆様にご協力をお願いしたいと思います。能登半島の美しさ、その文化や自然、そして現在直面している課題に光を当てるため、能登半島で撮影された写真をハッシュタグ〈#notopeninsula〉をつけてメッセージとともに共有していただければ幸いです。このハッシュタグを通じて、多くの人々が能登半島の現状を知り、支援の輪が広がることを願っています。皆様の温かい支援と創造力で、能登半島が再びその輝きを取り戻す日を一緒に目指しましょう。

最後に、Jang Kumi 様が困難な状況の中でインタビューにご協力いただいたことに深く感謝申し上げます。また、被災された皆様の安全と被災地の速やかな復興を心よりお祈りしております。

cover image by Jang Kumi

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